黄金の門をくぐって

メイベル・コリンズ著『黄金の門をくぐって』の日本語訳を掲載します。

黄金の門をくぐって 冒頭

 

思考の断片

 

 ある時、私が独りきりで執筆していると、不思議な訪問者が予告もなく書斎に入って来てそばに立った。その人が誰なのか、なぜそのように突然入って来たのか、尋ねることも忘れた。その人が黄金の門(*1) の話をし始めたからである。その人は知識を基に話した。その話の火が私に信仰として燃え移った。その言葉を、私は書き留めた。しかし、ああ、その人の話ほど明るく輝いて燃える火を、私の著書に期待することはできない。――M.C.

 

 

*1 黄金の門 本文を読み進めるうちに、それがどのような門なのか、その向こうにどんな道がのびているのか、示唆されていく。(訳者)

 

 

 

序文

 

 まことの思想家(philosopher)以外のふつうの人は、その人独自の人生観を持っている。最も無知な者は生きる目的についてある考えを持ち、その目的を最もラクに、最も賢い方法で達成する方法について、はっきりとした考えを持っている。世慣れた人はしばしば、自分自身でも無意識のうちに、自分が一流の思想家だと思っている。その人は最もわかりやすい特性の諸事に対処し、偶然起きる災害でその態度は粉々に打ち砕かれる。思考と想像力を働かせる人は、あることについてあまり確かな考えが持てず、自分自身が絶えずそのことについて明確な考えを組み立てられないことに気づく。その最も深遠で人間性にとって興味深い主題――人生についてである。本当の思想家とは、何についてもその肩書きを持つ権利が自分にあると主張しないし、人生の神秘には普通の思考では近付けないと知っている人であり、それはちょうど本当の科学者は科学の背後にある本質について完全に無知であることを認めるのと同じである。

 人生に目的として間違いなく存在する、大いなる根源を知的努力で理解することが可能なのか、あるいは何らかの思考方法があるのかどうか、という疑問に、普通の人は答えを見出せないだろう。けれども、ぼんやりと次のことを認識できる。目に見える結果の背後に原因があること、混沌を統治している秩序があって、不協和音に満ち広がってハーモニーへと昇華させること、熱望するこの世の魂たちを苦しめて、目に見えぬビジョンと知識でない知識を切望するに至らせるもののあることを。

 なぜ、すべての望みのはるかかなたにあるものを、内なる目が開かれる前に、熱望し、探し求めるのだろうか? なぜ、広大なパズルにはめることのできない手の中のパズルの断片を合わせて何らかの形が見えてこないか、やってみようとしないのか?