黄金の門をくぐって

メイベル・コリンズ著『黄金の門をくぐって』の日本語訳を掲載します。

3章III (1/2)

では、目に見えぬものに打ち勝つことに関心を向けるという最初の困難がどんなものか考えてみよう。私たちの低俗で濃密な感覚は、普通の意味での「対象」にだけ注意を向ける。だが人生の普通の領域のすぐ向こうに、より微細な感覚器官に訴える、微細な感覚作…

3章Ⅱ(2/2)

(つづき)この特別な観点(実は長期間保つことが難しい観点で、私たちは習慣的に人生を面で考え、大いなる進化の線(ライン)とつながり、それを通って経験するということを忘れる)から見ると、次のように考えることは理にかなっているということがすぐに…

3章II (1/2)

「創造する」という言葉はよく平凡な知性に、何もない無から徐々に進化させる概念を伝える。明らかにそれはそのような意味ではない。私たちは世界がそこから生まれてきたところの混沌により創造する創造者を用意するよう精神的に強いられる。社会生活の典型…

3章 最初の努力 Ⅰ

これは容易に見てとれることだが、人生上あるいは経験上に、ほかの時よりも事物の精髄(ソウル)に近くなる地点というものはない。磨き上げられた輝きを放ちながら満ちあふれている事物の精髄、または崇高な本質はこの大気に存在し、門の向こうでそれ自身を…

ひとたび黄金の門の意義をよく考えたら、それらの門を通って行く以外の人生の形態はないということが明らかになる。それらの門は、大人になるということの花が実を結ぶ場所にだけ通じている。母なる自然界を必要とする人たちにとって、それは最も優しいお母…

間違いなく、物質の中にあるものを理解するためには自分自身を教育せねばならないが、同じように物質を超えたものを理解するためにも自分自身を教育せねばならない。誰もが知っていることだが、幼少期は一つの長い適応する過程であり、感覚が働く特別な活動…

2章 入り口の神秘 Ⅰ

間違いなく、人生の新しい段階の入り口では、あるものを捨てなければならない。子供は大人になった時に幼稚なことをやめる。聖パウロはそのことを示し、彼が残した多くの言葉とともに、彼が不老不死の霊薬を飲み黄金の門へ至る道を歩んだことを伝えた。カッ…

この精神的苦痛と努力を無駄にすることへの治療法は何だろうか。それは一つだけだろうか。確かに人生にはロジックがあり、生きることを可能にする法則がある。そうでなければ混沌と狂気だけが到達可能な状態となろう。 最初のカップ一杯の喜びを飲む時、魂は…

怠惰は実のところ、人々の不幸の種である。アイルランドの粗野な者や世界に広く移り住んだジプシーが、とてつもなく怠惰なために堕落と貧困の中に暮らすのと同じように、粋人も同じ理由で感覚的な喜びの中に甘んじて暮らしている。上等なワインを飲み、おい…

終わりに達し、目標に到達し、もうすることはないと思われる時――ちょうどその時に、人は食べるやら飲むやら、心地よく生活するといったように獣のようにするしかないようだ。そして死のような懐疑論も――。実にその時もし目を向けたならば、黄金の門は目の前…

人々が望んでいるのは、いかにして苦しみを喜びと取り替えるかをつきとめることである。それは、体験上最も心地よかった感覚を得るには意識がどのように規制されればよいかを見つけ出すということである。このことを人間の思考の力によって見つけることがで…

悲しみと倦怠感から生じたこの質問は、見たところ本質的に一九世紀の精神の一部分であるように思えるが、実際はすべての時代にわたって問われてきたに違いない。歴史を理知的にさかのぼってみると、その問いは文明の花が満開に咲いた時、そしてその花びらが…

おそらく今と同じようにこれまでも、かなり多くの人が人生の重荷から逃れるために自殺しようとしてきた。そうすることで完全に忘れ去ることができると確信しているから、そうするのだ。しかし存在の仕方が変化するだけであるとためらい、そしておそらくもっ…

1章 喜びの探求 Ⅰ

私たちはみな、苦痛と呼ばれる厳しい状況についてよく知っている。不思議なことに、最初にそう思われるように、苦痛ははっきりとした方法をとらせ、確固たる、とぎれることのない粘り強さを追求させる。苦痛が完全にずっと続くことはない。そうでなければ人…

黄金の門をくぐって 冒頭

思考の断片 ある時、私が独りきりで執筆していると、不思議な訪問者が予告もなく書斎に入って来てそばに立った。その人が誰なのか、なぜそのように突然入って来たのか、尋ねることも忘れた。その人が黄金の門(*1) の話をし始めたからである。その人は知識を…