黄金の門をくぐって

メイベル・コリンズ著『黄金の門をくぐって』の日本語訳を掲載します。

3章II (1/2)

 「創造する」という言葉はよく平凡な知性に、何もない無から徐々に進化させる概念を伝える。明らかにそれはそのような意味ではない。私たちは世界がそこから生まれてきたところの混沌により創造する創造者を用意するよう精神的に強いられる。社会生活の典型的な生産者である土を耕す人は、自分の物質を、地面を、空を、雨を、太陽を、そして地中にまく種を、持たねばならない。無からは無しか生み出せない。自然界は真空(ボイド)からは生まれない。物質が、世界に対する私たちの欲望により形づくられた母なる自然の向こうに、背後に、内部に、またそこから、発生し存在している。種と、種を成長させる地と空気と水は、行為のあらゆる段階に存在するということは、明白な事実である。発明家と話をしてみると、彼が今していることのずっと先のことがわかると知るだろう。彼は常に、言葉に表現できないけれど他にもやらねばならないことを知ることができる。言葉に表現できない理由は、彼がまだそれをモノとして世に生み出していないからである。その目に見えないモノの知識は詩という形でより一層はっきりとする。そしてその意識の一部を他の人たちと分かち合うまでは、彼はそれをうまく表現できない。だが彼の偉大さに正確に見合う分だけ、彼は普通の人には存在し得ると信じることさえできない意識の中に住まう。その意識は、より大きな世界に住む意識であり、より広い大気の中で呼吸している。その広い大気は、より広い地と空を見守り、巨大に成長した植物から種をもぎ取る。

 手を伸ばす必要があるのは、この意識の場にである。この意識の場が天才のために取ってあるのではないことは、殉教者や英雄たちが発見しその中に住んだという事実により示される。それは天才のためだけにあるのではなく、偉大な魂を持つ人々だけがそれを見つけることができるのである。

 この事実にがっかりする必要はない。人間の偉大さは生まれつきのものであると、たいていの人が思っている。この考えは思考が望んだ結果に違いなく、自然界の事実に対し盲目であることの結果である。偉大さは成長によってだけ達せられる。そのことは絶えず実証されている。山々でさえ、そして堅い天体そのものでさえ、成長という方法によって偉大なのだ。原子の寄せ集めという物質的な状態にとっては、それは奇妙なことであるが。すべての存在の形態に本来備わっている意識は、より進歩した生命の形態になってゆくにつれてより活動的になり、そうなるにつれて蓄積によるのではなく吸収(同化)によって進歩の力を手に入れる。(つづく)

広告を非表示にする